寺田寅彦関連エントリー

物理学者で随筆家の寺田寅彦

今日11月28日は、すぐれた物理学者であるばかりでなく、随筆家としても名高い寺田寅彦(てらだ とらひこ)が、1894年に生まれた日です。 寺田寅彦は、西南戦争が起こった次の年1878年に、陸軍につとめる会計官の子として東京で生まれました。 ...

物理学者で随筆家の寺田寅彦

[本]寺田寅彦の随筆。

ということで、出勤前に 書店 に寄って購入。 柿の種 (岩波文庫) 作者: 寺田寅彦 出版社/メーカー: 岩波書店 発売日: 1996/04 メディア: 文庫

[本]寺田寅彦の随筆。

[みつかりました]寺田寅彦で金平糖の

November 11, 2008 on 11:58 pm | In fragment | 寺田寅彦が金平糖について書いた随筆、青空文庫で見つかりました。 金平糖、じゃなくて金米糖と綴ってあったので、なかなか見つけられなかったのでした。 寺田寅彦 備忘録

[みつかりました]寺田寅彦で金平糖の

寺田寅彦で金平糖の

November 9, 2008 on 11:59 pm | In fragment | 寺田寅彦の随筆で金平糖について書いてあるのを読みたいんだけど、検索してもタイトルがわからない、残念。

寺田寅彦で金平糖の

[雑記]寺田寅彦

下の エントリ で使った 寺田寅彦 の「ロプ・ノールその他」を読んでいると、後半で 一日も早く「世界空中写真帳」といったようなものが完成されるといいと思う。 という行が出てきます。 Google Earth は70年以上前にその出現を 予言 されていた…。 ...

[雑記]寺田寅彦

寺田寅彦とは?

寺田 寅彦(てらだ とらひこ、1878年11月28日 - 1935年12月31日)は、日本の男性物理学者、随筆家、俳人であり吉村冬彦の筆名もある。
1878年11月28日、東京市麹町区(現在の千代田区)に高知県士族(旧足軽)寺田利正・亀夫妻の長男として誕生。寅年寅の日であったことから、寅彦と命名される。
1881年、祖母、母、姉と共に高知市に転居。
1893年、高知県尋常中学校(現・高知県立高知追手前高等学校)に入学。
1896年、熊本第五高等学校に入学。英語教師夏目漱石、物理学教師田丸卓郎と出会う
1899年、東京帝国大学理科大学に入学。
1903年、東京帝国大理科大学実験物理学科卒業、大学院進学。

寺田寅彦の詳細

寺田寅彦に関するニュース


8月11日付 よみうり寸評
読売新聞
寺田寅彦が「備忘録」の中でそう書いたのは1927年のことだ◆理由は「冬を享楽するのには健康な金持ちでなければできない、それに文化的の設備が入用である。これに反して夏は貧血症の貧乏人の楽園であり自然の子の天地である」。具体的な楽しみとして星の観察や夜の ...


だいじょうぶキャンペーン:忘れない、あの教訓 災害大国・日本、あす「防災の日」
毎日新聞
物理学者にして随筆家、俳人、文明批評家でもあった寺田寅彦(1878~1935)は、44歳で関東大震災を体験し、現場の調査もした。在日朝鮮人が井戸に毒を投げ入れたという当時流れたデマの非科学性を「東京日日新聞」(現・毎日新聞)に書いた。 ...


面对灾害,我们不能“中场不设防”
北京科普之窗
高建国引用日本著名地球物理学家寺田寅彦的这句名言提醒人们。 面对灾害,我们人类有四道“防线”:预防、预测、救灾、重建。其中,预防是第一道防线。然而中国人“太不重视灾害预 ...

寺田寅彦に関する質問

寺田寅彦 ある新聞のコラムで、『「寺田寅彦は「どうでもいいと..

ある新聞のコラムで、『「寺田寅彦は「どうでもいいとう解決方法がある」と いっている』と、寺田寅彦の言葉を引用していますが、この言葉は寅彦のどういった作品で使われているのかご存知の方は教えてください。

書籍・音楽・映画  ある新聞のコラムで、『「寺田寅彦は「どうでもいいと..の詳細